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(過去記事)過酷だけれど最高に贅沢なイベント 日向涼子のエタップ・デュ・ツール完走記<後編>

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過酷だけれど最高に贅沢なイベント 日向涼子のエタップ・デュ・ツール完走記<後編>

フランスの過酷な山岳サイクリング大会「エタップ・デュ・ツール」に挑戦したモデルでサイクリストの日向涼子さんによる完走レポート<後編>は、自身のサイクリングへの取り組みを振り返りつつ、エタップを走りきったことの意義や価値を語ってくれました。また、トレーニングパートナーとして、そしてエタップ本番での帯同取材者として一緒に走りきったスポーツライター“ハシケン”こと橋本謙司さんへの感謝を綴っています。橋本さんによる同行取材記とともにお届けします。

この日上った3つ目の峠、2級山岳モラール峠を示す標識の前で記念撮影する日向涼子さん =2015年7月19日、フランスで撮影 ©Kenji Hashimoto

エイドではケーキやナッツを補給
 どれもがメインディッシュと成り得るボリューミーな峠の連続に、ついに3つ目の峠、2級モラールでは、まさかの「がぶ飲みペリエ(スパークリング・ウオーター)」をすることに。


2級山岳標高1638mモラール峠のエイドステーション ©Kenji Hashimoto

また、「途中からカラダが固形物を受け付けなくなるよ」という事前情報も私には関係なく、最後までエイドステーションで提供されたケーキやフルーツ、ミックスナッツなどを喜んで食べていて、その様子は翌日に現地の新聞に載ってしまったほどです(笑)


エイドステーションで補給食をとる日向涼子さん ©Kenji Hashimoto

ただ、以前から私のことを知っている人から見れば、これらの話は意外に感じるかもしれませんね。かつての私は、狙っているレースの前には必ずおなかを壊していたのですから。ところが、今シーズンはそれがまったくありませんでした。

図太くなったと言われたらそうなのかもしれませんが、「健全な肉体には健全な精神が宿る」と考え、トレーニング量を増やし、バランスの取れた食生活を心がけていたことが一番の理由じゃないかな、と思っています。

私は普通の女性です
 筋肉量だけで昨年から2kgも増量したので、ヒルクライムには不利かと思いましたが、今年のヒルクライムレースでは全て自己ベストを更新できたし、なにより、シルエットは適度に筋肉がついてメリハリのある今の方が気に入っています。

そう。私は見た目が気になる「普通の女性」なんです。

自転車を始めた理由はダイエットだし、とはいえ日焼けはしたくない。ヒルクライムレースに出ているからか、「ガチな人」だと思われることもありますが、実のところ、走るのは好きだけれど、追い込むのは好きじゃない。特別、強いわけでもない。

例え今は私よりタイムが遅い人でも、トレーニングをすれば手の届きそうなレベルであって、途方もなく遠い存在ではないと思うんです。

でも、だからこそ身近に感じた多くの方から応援をしていただけたのかな、と考えています。


この日は最後まで食欲が失せることはありませんでした(笑) ©Kenji Hashimoto

完走は、応援してくださった皆様のもの
 今回の私の挑戦には思いがけない数の協賛企業がつき、ありがたい反面、完走できなかったことを考えて不安になったこともありました。でも、そんな時は皆様からの応援が何より力となり、励みになりました。そのおかげでトレーニングを続けることが出来たし、結果、自信にもつながりました。なので、私の完走は応援してくださった皆様のものだと思っています。


誰かが「エタップは最後の峠で続々とゾンビが出る」と言っていたのは、これか…と納得 ©Kenji Hashimoto


タンデム自転車でココまで走ってきたのですか! スゴイ! ©Kenji Hashimoto

そして、もうひとり、感謝しなくてはならない人がいます。スポーツジャーナリスト「ハシケン」こと、橋本謙司さん。今回のエタップ・デュ・ツール挑戦に取材で帯同し、一眼レフカメラや各種レンズ、ビデオカメラなど10kgもの機材を背負って、共に走ってくれました。


最後の峠ということもあって、気持ちもラクになりました ©Kenji Hashimoto

日本人女性の私が、日焼け対策でアームカバーやタイツを身につけた“黒子状態”で走っている姿は目立つのですが、その隣には、撮影機材が入ったでっかいバッグを背負い、ダッシュをして景色のいいポジションで撮影をし、カメラを片づけると私に追いつくために再びダッシュ。そして時には動画を撮りつつインタビュー…そんな精力的な取材を繰り返しいる日本人男性に、世界のサイクリストは震撼したことでしょう。

ハシケンさんは私を自転車界に引き込んだ張本人で、これまでも師弟関係というか、逆らえない存在ではありましたが、「エタップ・デュ・ツール完走」という軌跡を、体を張って残してくれたことで、私にとって「一生、頭が上がらない存在」であることが確定しました(笑)


ゴール後、健闘をたたえあった橋本謙司さん(左)と日向涼子さん <山口和幸撮影>

エタップ・デュ・ツールは、ツール・ド・フランスを迎える地元のワクワクした空気を肌で感じることが出来る「とっても過酷だけど、さいっこーに贅沢」なイベントのひとつでしょう。リピーターが多いのも頷けますし、私自身も「またいつか、エタップを走りたい!」と強く思います。

今回は、完走したことで気が抜けたのかゴールで泣いてしまいましたが、再び走ることが出来たら、ガッツポーズをしてフィニッシュを迎えるつもりです!

■142kmを密着したライターのリアルレポート by ハシケン

 エタップ・デュ・ツールを目指す日向涼子さんのトレーニングパートナーを春先から務めてきたが、大会の1カ月前に現地でのサポート役を指名された。ただ、私の役目は主に撮影であり、実際に走るのは日向さん自身。厳しいエタップのコースを完走できるかどうかは本人次第だ。

これまでヒルクライムレースで活躍してきた日向さんも、峠を4本も越えなければならない今年のコースは未知への挑戦だったはず。上りでは男性の中に入っても速いが、長時間走り続ける耐久力や、下り区間のテクニック、また補給対策、悪天候への耐性といった不安要素も多かった。
正直、昨シーズンはあまりトレーニングが出来ているようには見えなかった。ところが、今年は正月明けからインドアトレーナーでパワートレーニングに率先して取り組み、春先からは知り合いを介してさまざまなグループの週末練習に参加して100kmを超える距離を踏み、トレーニング量を増やしていた。


筑波山系でヒルクライムのトレーニングに励む日向涼子さんと橋本謙司さん (佐藤正巳撮影)

その成果は、エタップ1ヶ月前の「Mt.富士ヒルクライム」で出た。試走で安定して1時間30分を切り、レース当日も自己ベストを更新。エタップに向けて大きな弾みになった。


大雨の中でエタップへの最終調整に励む日向涼子さんと橋本謙司さん (上野嘉之撮影)

そして渡仏の直前まで、苦手とする下り対策や雨天対策などの課題を一つひとつクリアしていった。
迎えた大会当日は快晴。アルプス山塊での雨だけは勘弁してほしかったので一安心だ。でも、モデルの日向さんは日焼け防止のために手足はタイツやカバーを着用するので、暑さへの対応も大変だ。
気温はスタート時こそ17℃だったが、その後グングン上昇し、日中は30℃を超えた。そんな中でも、日向さんは海外の大柄な男性サイクリストより2枚ほど大きいギヤで、軽やかにアルプスの美しい山々を上っていった。課題の下りは、どんなに後ろから抜かれても安全第一の安定した走りでクリア。コーナーではしっかり減速してリスクを犯さない。本業のモデルとして、ある意味プロの走り方に徹していた。それでも長い直線では時速45〜55kmは出ていたので、伴走の私の方が後ろを走りながらハラハラドキドキ(笑)


ラ・クロワドフェール峠へと続くつづら折れの道 ©Kenji Hashimoto

前半の山場、ラ・クロワドフェール峠は距離24kmもある超級山岳だ。ここを上り切った時にどれだけスタミナを残せているかが完走のカギを握ると予想していたが、ペースが鈍ることなくピークへ到達。さすがに終盤はメンタル的に堪えたようだったが、標高2067mのエイドステーションではまだまだ余裕の表情でオレンジやバナナにかぶりついた。しばしアルプスの山容を楽しむ余裕すら見せていた。
実は今回、厳しい制限時間がある中で、日向さんにはすべての峠のピークでビデオカメラに向かってコメントをもらっていた。この作業だけでも合計30分程度は費やしている。もちろん、スチル写真も別途、撮影しているので、日向さんの負担は単純に走るだけよりも大きかった。そのため、ひとつのエイドの滞留時間を最小限に抑えるよう努めた。
3つ目のモラール峠は、コース図以上にしっかりとした上りだ。心の中でその厳しさに備えていた日向さんは、上りを順調に消化。コース情報を事前に勉強しておく大切さを改めて教えてくれた。

いよいよ残すは超級ゴールのラ・トシュール峠。最後とは言え、ここに来ての距離18.5kmの上りはハードだ。日差しは相変わらず厳しく、峠の入口にあるエイドステーションでは思わず全身に水浴びをしてしまったほど。
日向さんは上りの後半で腰の疲労を訴え始めるなど、疲れはかなり蓄積していたようだ。それでも、周囲の男性陣より速いペースで着実に距離を刻んだ。正直、ここまで余裕の展開で走り続けるとは想定外で、途中でこちらが千切れられそうにもなった。
いまから6年前、はじめて一緒にヒルクライムを走った当時のヘタれた日向さんの姿を重ね合わせて、今回、“真の坂バカへ”への進化を感じずにはいられなかった。


最後まで沿道の観客は絶えることがありませんでした ©Kenji Hashimoto

ただ、そのまますんなりフィニッシュしないところが、またらしさだ(笑)。ラスト5kmから明らかにペースが鈍る。エタップの洗礼だろうか。1kmがとても長く感じたに違いない。しかし、山頂に駆けつけた大声援も後押しして、今回は最後まで弱音を吐くことはなかった。ラスト500m、ゴールに向けて腰を上げて加速する姿は、ひとつの事を成し遂げる美しさに満ちあふれていた。
今回、はじめて一つの目標に向けて多くのスポンサーから支援をいただき、そしてチャレンジを見事に成し遂げた日向さん。ゴール直後には、思わず顔をくしゃくしゃにして涙を流した。きっと、大きなプレッシャーから解放されて安堵感があふれ出たのだろう。
(スポーツライター 橋本謙司)


ゴール後、涙があふれ出た日向涼子さん <山口和幸撮影>

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